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アルツハイマーと共に生きる

文:

夕方のランニングに出かけた私は、一人ではありませんでした。これは最近よくあることです。私の頭の中に潜む魔物が、襲いかかってこようとしていました。アルツハイマーが一層ひどくなる日没を避けるために、ほぼパニック状態で全速力で走りました。 

それは、ケープコッドの牧歌的な街、ブルースターの浜辺で、ぼんやりとした春の午後から夕暮れ時に移り変わる頃に始まりました。しびれるように、ゆっくりと感覚を失わせるモヤモヤしたものが襲ってきて、それが徐々に心に忍び込み、五感をまひさせるように重たくのしかかってきました。北大西洋の嵐からの冷たい風の匂いがしました。息もできなくなるノーイスター(米国北東部やカナダ大西洋沿岸で見られる強風)のようでした。  

大きなナラとカエデの木の下で、悪魔たちはどんどんスピードを加速して追いかけてきました。地面に密集したスイカズラと銀梅花から叫び声が聞こえてくるようでした。心臓は高鳴り、汗が滴り落ちてきました。たった一人、私は恐怖とパニックに陥って、頭の中で火が燃えたぎりました。 

私はしっかりとした足取りで、トウモロコシが密集しているコミュティガーデンを駆け抜け、暗く曲りくねった、苔に覆われた森も抜け、二世紀以上も前に死んだ船長たちが眠る古い墓地も通り過ぎました。ケープコッド湾に灼熱の赤い太陽が差し込み、ろうそくのように見えました。悪魔はまだ消え去る気配はありませんでしたが、その時は自分の意思でやっつけることができました。でも、彼らが復讐しに戻ってくることは間違いありません。  

実際にそうなりました。アルツハイマーやほかの認知症は、心にいたずらを仕掛けてくるのです。長距離走だった私の人生は、今では生き残りをかけたレースとなりました。私はこの逆境に立ち向かっています。 

この病との闘いにおいては、家系図がある意味で参考となります。アルツハイマーは、私の母方の祖母、母、父方の叔父の命を奪い、父も亡くなる前に認知症と診断されました。そして今、この病は私のところにやってきて、私は絶対に入りたくないクラブの一員となってしまったのです。 

600万人以上のアメリカ人がアルツハイマー病に罹患しており、世界では推定5,500万人の認知症患者がいます。高齢者の増加に伴い、この数は今後数年間で飛躍的に増加すると予想されています。アミロイド班の蓄積とタウのもつれから来る脳内の変化で、ニューロンが破壊され、アルツハイマーが発症します。まったく自覚症状がなく、40代で発症する人もいます。この病との闘いは、蛇行しながら20~25年ほど続くと言われています。 

私がアルツハイマーの初期と診断されたのは7年前。スポーツ関連の度重なる脳しんとうと頭部への外傷(ヘルメットを着用していなかったことによる深刻な自転車事故)によって悪魔が解き放たれてしまったのだと医師は言いました。私はまた、アルツハイマーの最も強い遺伝的危険因子であるApoE4の遺伝子変異体を持っています。この遺伝子は家系によるものです。現在、私の短期的な記憶の60%は、数秒で消え去ってしまいます。長年の知り合いでも認識できないことがしばしばあります。怒り、居場所の喪失、自己の喪失、嗅覚の喪失と向き合い、幻覚を見ることもあります。物を頻繁になくし、ますます社会から引きこもろうとしてしまいます。少し前、歯を磨こうとしていたとき、私の脳は歯ブラシではなくカミソリに手を伸ばすように指示してきました。私の心はこう言いました。「嫌だ…悪い犬め!」  

また、時には独りぼっちで幼い少年のように涙を流します。73歳という若さで人生の終わりを感じているからです。  

イラスト: James Steinberg

幸い、私はIQが高く、認知症の専門家によると認知力の予備(またはシナプスの蓄積)が多いということです。要するに、記憶があいまいになった時に、代替の方法、つまりほかのシナプスを見つける脳の能力なのだと、ルディ・タンジ氏は言っています。タンジ氏は、ハーバード大学とマサチューセッツ総合病院で、アミロイドβの蓄積、神経原線維のもつれ、脳の炎症を特徴とするアルツハイマーを専門に研究しています。  

しかし、何年も体と脳を動かしてきたにも関わらず、蓄積量は減っています。医師たちによると、私にとって本質的な身体的活動である「書く」力が衰えるのは最後になると予想されており、その通りになることを望んでいます。ジャーナリストとして仕事をしてきた私は、ノートパソコンにすべてをメモします。パソコンは私のポータブル脳なので、いつ、どこで、どんな理由で自分がそこにいなければならないかを忘れずにすみます。また、忘れないためにバックアップとして、定期的にメールやショートメッセージを送っています。このような方策がないと、アルツハイマーやほかの認知症に対処するのは難しいのです。 

時に私は、死にそうなムカデのような気持ちになります。たくさんある足がゆっくりと落ちていくのです。アルツハイマー病に加え、前立腺がん、重度のうつ病、不安症とも診断されました。2年前には、ボストンの病院で10時間にわたる背骨再建手術を受けました。手術では、骨、筋肉、神経を切断して鉄の棒、プレート、ネジが挿入されました。これはすべて、身体がまひしないようにするためです。 

私は、信仰、希望、アイルランドのユーモアに支えられています。亡くなった母は、私のヒーローです。10人の子どもを育て、専門家が治療方法の確立を急ぐ中、アルツハイマーとどう闘い、生き残っていけばいいのかを教えてくれました。同情だけで開かれるパーティは、一人だけのパーティと同じだと母はよく言っていました。 

また、「超我の奉仕」をしっかりと理解できるよう母なりの言葉で教えてくれました。超我の奉仕は、今の私を駆り立てるロータリーの原則です。私は両親とも介護したので、アルツハイマーのあらゆる側面を知っています(米国では昨年、愛する人を世話する身体的・精神的ストレスを抱える無報酬の介護者が、認知症の人に推定180億時間を捧げ、これは3億3,950万ドルのコストに相当すると言われています)。私は両親の死に目にあいました。最初に父、そして4カ月後に母でした。次は私の番だ、そんな気がしました。 

幸い、私には素晴らしいサポート体制があります。認知症と闘う私たちにとっては、アルツハイマーのウェブサイトが重要であり、利用可能なリソースを最大限に活用できます。正確な情報を得ることは、命にかかわります。前述したタンジ氏は、学術的な仕事に加えて、Cure Alzheimer’s Fundの研究グループ委員長です。そして、リサ・ジェノヴァ氏もいます。ハーバード大学で神経科学の博士号を取得し、映画化された『アリスのままで』を含む五つのベストセラー小説の著者です。この映画で主演したジュリアン・ムーアは、若年性アルツハイマーを発症した教授を見事に演じ、アカデミー主演女優賞を受賞しました。 

ジェノヴァ氏は、自身が執筆したノンフィクション『記憶の科学:しっかり覚えて上手に忘れるための18章』の序文にこう綴っています。「人間の脳は驚異的だ。脳は毎日、無数の奇跡を起こしている。見て、聞いて、味わって、匂いを嗅いで、触れている。痛みを、喜びを、温度を、ストレスを、さまざまな感情を感じ取っている。……いま空間のどこにいるかを脳が把握してくれる。アルツハイマー病のせいで個人的な歴史をはぎ取られた患者さんを目の当たりにしたことのある人は、人間的な暮らしをするという経験のために記憶がどれほど重要か、痛感しているに違いない」 

また、「記憶は覇者である一方、少しだけ劣等性でもある」と認めています。だからこそ、車のカギをどこに置いたかを忘れることと、車のカギが何のためにあるのか分からないこと、どこに車を停めたかを忘れることと、自分が車を持っていると分からないことには、明確な違いがあります。私はこの違いを十分に理解しています。 

数年前のある日、私がまだ車を運転していたとき、埋め立て処理地にゴミを持って行きました。ゴミを捨てた後、家への帰り方が分からなくなりました。妻か子どもに電話して迎えに来てもらおうと考えましたが、ゆっくりとパニックに陥りました。黄色い4ドアのジープが目の前にあり、その瞬間、私の脳はそれが自分の車であることを教えてくれなかったのです。友人が私を助けに来てくれ、私の不安を察知し、黄色のジープが私の車であることを示してくれました。 

悪魔はまだ消え去る気配はありませんでしたが、その時は自分の意思でやっつけることができました。でも、彼らが復讐しに戻ってくることは間違いありません

ありがたいことに、軽度の認知障害とアルツハイマーの初期段階の人びとについては、進行のペースを遅らせるための研究が進んでおり、希望が見え始めています。また、主要な臨床試験や脳の健康の分野にも希望があります。7月、米国食品医薬品局(FDA)は、製薬会社のバイオジェンとエーザイが開発した「Leqembi」(レカネマブ)の使用を承認しました。初期のアルツハイマーの進行を遅らせることが証明された薬品をFDAが認可したのは、これが初めてです。この薬は、アルツハイマー病とニューロンの破壊に関連する脳内のアミロイド班の蓄積を除去するのに役立ちます。  

UsAgainstAlzheimer’sの会長兼共同創設者であるジョージ・ブラデンバーグ氏は、この承認は「生活の質を向上させ、家族の負担を軽減するために力を尽くしている何百万人もの患者にとって希望の光です」と述べています。「この薬は、初期段階のアルツハイマー病と闘うための武器となります。家族の人生や生活を徐々に脅かすアルツハイマー病の進行を遅らせることができる薬がついに生まれたのです(ブラデンバーグ氏は、私が信頼するリソースパーソンの一人です。脳の健康とアルツハイマーに関する情報は、同氏の団体のウェブサイト[mybrainguide.org]をご覧ください)。  

早期診断と臨床試験に加えて、脳の健康はアルツハイマー病の症状を抑えるためのカギとなります。タンジ氏は、これに役立つ略語を考えました:「SHIELD」です。少なくとも一晩に7時間は、十分な「Sleep(睡眠)」をとり、ストレスに「Handle(対処する)」方法を学ぶことです。ストレスは、より有害なアミロイド班の生成につながる可能性があります。友人と「Interact(交流)」することもあります。引きこもりたくなる気持ちと闘うには、交流が重要となります。毎日「Exercise(運動)」する時間を持つこと。運動は、新しい脳細胞の生成を促し、細胞間の新たなシノプシスの形成に役立ちます。また、新しいことを「Learn(学ぶ)」こともあります。最後に、野菜、果物、豆類、ナッツ類、種子が豊富な植物ベースの健康的な「Diet(食事)」を取りましょう。 

タンジ氏は、当初からその画期的な研究において、アルツハイマーの主要なマーカーであるアミロイド班とタウのもつれに注目し、脳内に猛烈な炎が生じるといった比喩を使っています(患者にとってはこれは単なる比喩ではありません)。「火を消して、できるだけ多くの木(ニューロン)を救う必要があります」と言うタンジ氏は、この理由から、早期発見が重要だと主張します。「見て見ぬふりという状況が多々あります。アルツハイマーは、先天的心疾患やバイパス手術の必要性といった別の問題が出てくるまで、通常は診断されないのです」。診断される頃には脳内の「炎」が制御不能になってしまうとタンジ氏は言います。 

長年、私はアルツハイマーという、すべてを燃やし尽くす大火で何人もの友人を失ってきました。それは私を苦しめると同時に、奮起させるものでもあります。時間は刻々と過ぎ、ケアと治療のための資金を集める方法を見つけなければなりません。 

同時に私は、生き残りレースでの自身の闘いと向き合うことにしました。自分の仕事を考えれば、私が二人の偉大なアメリカ人作家の言葉に慰めを見出したのは驚くことではありません。詩人のロバート・フロストはこう綴っています:「人生で学んだすべてを私は3語にまとめられる。それは『何があっても続きがある』ということだ」 

アーネスト・ヘミングウェイはこれに感嘆符を付けてこう述べています:「世界は誰でも打ちのめす。そして後になれば、多くの人が打ちのめされたその場所で、強くなるのだ」 

打ちのめされたその場所で、強くなろうではありませんか。 

グレッグ・オブライエン:ジャーナリスト、編集者、出版者。『On Pluto: Inside the Mind of Alzheimer's』の著者。家族と共に2021年のドキュメンタリー『Have You Heard About Greg?』に出演。

本稿は『Rotary』誌2023年11月号に掲載された記事を翻訳したものです。

ロータリーのアルツハイマー/認知症の行動グループは、アルツハイマー/認知症にかかわる大小さまざまなプロジェクトを支援しています。