
人生には、ときに地震のように私たちを揺さぶる出来事があります。愛する人との死別、離婚、病気、退職、挫折――。人生を根底から揺るがすこのような出来事を、作家ブルース・フェイラーさんは「ライフクエイク」(Lifequake)と呼んでいます。
ティア・コッパスさん(米国ノースカロライナ州、キャリー・キルデア・ロータリークラブ会員)が経験したのも、そのようなライフクエイクでした。2021年10月、夫のイーサンさんががんで亡くなった時、当時38歳だった彼女は、自身の半分をなくしたような喪失感に襲われました。夫婦はそれまでの19カ月間、新型コロナウイルスから身を守るために長期間外界との接触を避けて暮らしていました。そのため、彼女はいつの間にか一人で過ごす方法も、人と交流する方法も忘れていました。夫の葬儀後まもなく、友人からロータリークラブの夕食会に誘われましたが、「参加できるだろうか」という不安に駆られました。「2020年3月以来、外出していなかったのです」
ロータリーは、夫の闘病生活のころから彼女を支え続けてくれた存在でした。クラブの仲間たちは、夫と最後の旅行をするための資金を工面してくれました。食事を届け、様子を気遣い、パンデミック中には自宅前でクリスマスキャロルを歌ってくれたこともありました。
彼女は、夕食会に行くことを決意しました。

ティア・コッパスさんが夫を亡くしたとき、支えてくれたのは所属するロータリークラブでした。
会場に着くと、仲間たちは温かく迎えてくれました。旧友と抱き合い、話を聞いて笑い、同じように配偶者を亡くした会員と言葉を交わしました。そして、自分が決してひとりではないことに気づきました。「最愛の人を亡くした悲しみは、それまでの人生や日常を完全に破壊します。どこへ行けばいいのか、何から始めればいいのか、わからなくなるのです。でもロータリーは、前に進めるよう道を示してくれました」
この言葉の生みの親である作家ブルース・フェイラーさんは、元ロータリー奨学生であり、自身も「ライフクエイク」を経験したことがきっかけとなり、このテーマに関心を持つようになりました。自身が癌と診断されたことや、経済的な苦境、父親の自殺願望といった問題を抱えていたのです(出典:『Life Is in the Transitions』、2020年出版)。
フェイラーさんは全米50州で行った取材を通じて、人は平均して12~18カ月ごとに人生の何らかの変化や混乱を経験するという結論を導きました。「多くの人にとって、これは歯医者に行く頻度よりも多いと言えます」
人生はもはや一直線の道ではない、とフェイラーさんは述べます。人びとはかつて、一つの仕事、一人のパートナー、一つの価値観に支えられた人生が普通だと考えていました。しかし、転職、移住、人間関係の変化、価値観の変容など、人生を通じて多くの曲がり角に直面します。
こうした変化の多くは無事に乗り切れるものですが、人生を大きく揺るがすようなライフクエイクもあります。成人は平均して3~5回のライフクエイクを経験し、その影響は数年に及ぶこともあります。「安定した時期だけが普通なのではなく、変化もまた人生の自然な一部なのです」
そうした変化を乗り越える鍵となるのがコミュニティの存在であり、大切なのは「ひとりで乗り越えようとしないこと」だとフェイラーさんは述べます。
「安定した時期だけが普通なのではなく、変化もまた人生の自然な一部なのです」
教会であれ、サポートグループであれ、奉仕団体であれ、仲間の中で自分の経験を語り、同じような経験をした人と出会い、自分より大きな何かの一部になることで、前進する力が得られるものです。以下に紹介するロータリー会員の実体験は、死別、離婚、退職、アイデンティティの悩みといった経験が、クラブの支えを通じてコミュニティ、希望、確かなアイデンティティ、決意へと変わることを表しています。
モンタナ州は、荒々しくも雄大な美しさで知られています。2022年にリー・ラーソンさん夫妻がグレートフォールズに惹かれた理由も、そこにありました。しかし、モンタナ州に引っ越してからまもなく、夫妻は離婚。ラーソンさんは深い孤独に苛まれました。「何週間も家から一歩も出ませんでした。誰とも会いたくなかったんです」
写真提供:ロータリークラブ会員
フリーランスのグラフィックデザイナーだったラーソンさんは、仕事のために人脈を築く必要がありました。商工会議所に連絡したところ、地元ロータリークラブを紹介されました。
クラブに入会した彼女は、SNSの投稿や写真撮影を担当し、イベントの企画を任されました。こうした活動を通じて、徐々に地元に馴染んでいきました。クラブの仲間たちも、彼女が新しい生活に慣れるよう熱心に手助けしてくれました。
最初は人脈を求めていただけでしたが、今では、このコミュニティがラーソンさんの居場所となっています。そして、その中心にあるのが、仕事や友人のネットワークを広げ、地元の人たちとつながる場となるロータリーです。「私は仲間たちを気にかけていますし、彼らも私を気にかけてくれます」
長年ボランティア活動に熱心だったゲイブ・グローデンさんは、結婚後、子育てで手いっぱいでした。親になるということ自体が、「ライフクエイク」の一つと言えるのかもしれません。
その後、グローデンさんは離婚。二人の幼い子どもと共に生活を立て直そうとする中で、居場所を見失い、周囲とのつながりも失ったように感じていました。
ちょうどその頃、同僚から、家族向けに結成されたロータリークラブがあるから参加しないかと声をかけられました。インディアナ州のブルーミントン・サンライズ・ロータリークラブが親クラブとなっている「ファミリーサービス衛星クラブ」は、例会の代わりに親子で参加できる奉仕活動を毎月行っています。
「子どもたちに奉仕の大切さを教え、家族で社会に参加できる良い機会だと思いました」

2024年以来、子どもたちと一緒にフードパントリーでの仕分けや公園での草取りなど、数多くのボランティア活動に参加しました。ほかの会員の家族たちとも親しくなり、地域社会のために一体となって活動しています。「奉仕とは、支援する相手を変えることだけではありません。奉仕する人自身も変えるのです」
同様に、辛い離婚を経験したグレニス・ロバートソンさん(グランサム・ロータリークラブ所属)も、「人を助ける」ことが自分の支えになることを実感しました。心が折れそうだった時期、初めてロータリーの例会に参加した彼女は、そこでの温かい歓迎に心を打たれました。
半ば引退生活を送っていた彼女は、障害者スポーツ大会の運営などの奉仕活動に打ち込む中で、生きる喜びを再び見つけました。若い参加者から「人生で最高の日だった」と言われたとき、奉仕の喜びを感じ、これこそがロータリーだと実感しました。
さらに多くの奉仕プロジェクトに打ち込んだロバートソンさんは、やがてクラブでリーダー職を担うようになり、与えるほどに自分の心も癒やされることに気づきました。75歳となった現在、彼女は第1070地区のガバナー補佐として活躍しています。「今はやる気でいっぱいです」
ジョン・ワイスさん(米国、モロベイ・ロータリークラブ会員)は、クラブ会長を2期務めたベテラン会員です。2011年には、環境意識の高い若い人びとを迎え入れるため、「モロベイ・エコ・ロータリークラブ」の結成に尽力し、娘のジェシカさんもこれを手伝いました。
ワイスさんは、ジェシカさんが10代の頃からロータリーで献身的に活動していました。モロベイ・エコ・ロータリークラブの会員となったジェシカさんは、ロータリーを通じて父親の意外な側面を目にしました。仕事中毒ばかりだと思っていた父は、ロータリーでは遊び心とユーモアがあり誰からも好かれていました。
2017年、ワイスさんは第5240地区ガバナーに就任する準備をしていましたが、希少ながんを患っていることが判明。クラブ訪問の準備を進めていたのに、突然、医師から余命5年と宣告されたのです。人生を根底から揺るがす出来事でしたが、自分の計画を変えようとはしませんでした。
その後もさまざまな治療と9回に及ぶ手術を受けながら、ワイスさんはその後もロータリーでの役割を果たし続けました。病院のベッドからオンライン会議に参加することもありました。医師の予想に反して6年、7年と生き続けるなかで、ロータリーは彼に希望と生きる目的を与えました。そして闘病8年目には、娘を次期会長として育て上げました。
ジェシカさんは、ロータリーを通じて多くの時間を父親と過ごすことができたことに感謝しています。そして今、父を深く愛していたロータリアンたちからの温かい支援に励まされています。「父の遺志は今も生き続けているように感じます」とジェシカさんは語ります。
グレゴール・バウムさんは、プロテニス選手になる夢を抱いてドイツからアメリカへ留学しました。しかし最初の練習で背中を痛め、テニスを続けられないかもしれないと医師から告げられました。

テニスを失った彼は、自分自身を見失い、深い抑うつ状態に陥りました。そんな時に思い出したのが、17歳のときに参加したロータリー青少年交換でした。メキシコで言葉の通じないホストファミリーと生活した経験から、「本当の成長や変化は”心地よく感じる領域”から出たときに生じる」ことを学んでいたのです。
再び「心地よく感じる領域」から出ることを決めた彼は、大学でローターアクトクラブを設立し、学生たちが困難や挫折について語り合える場をつくりました。
今日、この不屈の精神が、バウムさんのアイデンティティとなっています。現在はライフコーチや講演家として活動し、自分の「心地よく感じる領域」から一歩踏み出して、辛さを目的意識に変えることを呼びかけています。「ロータリーは私の人生を変えただけでなく、ほかの人を励ます機会も与えてくれました」とバウムさんは語ります。
ペギー・ハルダーマンさんにとって、人生の転機ははるかに遅い時期に訪れました。国立公園局での30年間の仕事を退職し、目の前には真っ白なキャンバスが広がっていました。パーソナルシェフの事業を始めたいと考えて料理学校に入学し、夫が長年会員だったゴールデン・ロータリークラブ(米国コロラド州)に入会してボランティア活動も始めました。そんな中、地域の子どもたちが週末や長期休暇中に十分な食事を得られない「隠れた飢餓」の問題について知りました。ハルダーマンさんは激しい怒りを感じました。「これを放っておけない」
彼女のクラブも支援に賛同し、生徒とその家族に健康的な食事を提供することを使命とする「ゴールデン・バックパック・プログラム」を立ち上げました。
「本当の成長や変化は、”心地よく感じる領域”から出たときに生じることを学びました」
このプログラムの評判は州外にも広まり、2013年、ハルダーマンさんはホワイトハウスから「変化の推進者」の一人に選ばれ、彼女の取り組みはロータリーの「世界を変える行動人」キャンペーンで紹介されました。活動は大きく成長し、約10年間で50万食を子どもたちに届けました。
現在、78歳の誕生日を目前に控えたハルダーマンさんは、人生の新たな章へと歩みを進め、次世代を育てる役割を担っています。「人を仲間に迎え入れるのが大好き。そして、その人が『やってみよう』と言えるよう背中を押すのが大好きなんです」
前述のティア・コッパスさんが夫の死後初めてロータリーの夕食会に出席したのは、ライフクエイクの後に踏み出した最も重要な一歩でした。あの一歩さえ踏み出せれば、何でもできる、彼女はそう感じました。
「あれは単なる食事会ではありませんでした。私が再び社会へ戻るための入口だったのです」
悲しみの中でベッドから起き上がれない日もありました。それでも彼女は予定表に少しずつ予定を書き込みました。ロータリーの仲間とのコーヒー、奉仕活動への参加――。やがて彼女の日々は、再び生きる意味やつながり、そして喜びで満たされていきました。一番辛い時期でも、前向きになれる支えがありました。
あれから約5年。現在、コッパスさんは第7710地区のガバナー補佐を務めています。彼女はこう語ります。「過去を忘れることはできません。でも、明日も太陽が昇るように、前へ進まなければなりません。ロータリーは、そのための一歩を与えてくれます。そして、与える側だった人も、助けを受ける側になってよいのだと教えてくれるのです」
本稿は『Rotary』誌2026年8月号に掲載された記事を編集・翻訳したものです。
