マステンさんが初めて所有した車は、16歳の時に200ドルで購入した1938年式ポンティアックのコンバーチブル。ガタが来て問題だらけでしたが、当時の高校で職能訓練の一環として教えていた自動車修理の実用的スキルのおかげで、なんとか自分で修理しました。職能の授業を行う高校が減ったことも、マステンさんが自動車修理の研修プログラムを思いついた理由の一つです。
もう一つの理由は、ニーズです。 クラシックベントレー2台(1937年式と1954年式)を所有するマステンさんは、クラシックカーを扱える修理工が激減していることを知っていました。「修理できる人が引退したり亡くなったりして、いなくなってしまったんです」
クラシックカーと現代車の修理はまったく異なるスキルであるため、現代車が修理できてもクラシックカーの修理ができるわけではありません。自動車業界では、1980年代までに部品が機械から電子へと急速に変わりました。「現代車の修理ではコンピューター診断が使われます」とグランドコラスさん。「クラシックカーでは、コンピューターはまったく役に立ちません。耳と目が使える人でなければ、古い車は修理はできません」
違うのは内部だけではありません。フレームと車体にプラスチックの部品が使われている現代車と異なり、ほとんどのクラシックカーのボディは金属製で、修理と交換はもっと難しくなります。修理工がいなくなっても、クラシックカーはなくなりません。Hagerty社(クラシックカー保険を扱う保険会社)の調査によると、米国だけでコレクターカーが現在も約3,100万台存在します。
需要が存在すること、また、研修を通じて若い世代に大学進学や収入の安定した仕事への道が開かれることを、マステンさんもグランドコラスさんも知っていました。必要なのは、そのような研修プログラムを行う場所でした。そこで、Rancho Cieloに働きかけました。
大農場を持つことは、引退した裁判官であるジョン・フィリップスさん(81)の夢でした。モントレー郡地方検事補だった当時、フィリップスさんの仕事は人びとを刑務所に送ることでした。1984年にはモントレー郡上級裁判所の判事に任命され、国内に広がっていたギャングに巻き込まれた10代の青少年たちに終身刑を言い渡す立場にありました。フィリップスさんはこう言います。「その若者たちの多くは未来への希望を失っていました。希望も夢も何もかも失った若者たちは、いとも簡単に引き金を引いてしまうのです」
2000年、フィリップスさんは、初犯の若者に刑務所以外の選択肢を与え、人生の出直しを支援することを目的に、「Rancho Cielo」(スペイン語で「大空農場」の意)を設立しました。都市部から遠く離れ、かつて少年院があった土地を政府から借りたフィリップスさんは、早速このプログラムの立ち上げに取りかかりました。運営予算は75,000ドル、妻パッティさんを除けばスタッフはほぼゼロという中で、2004年、10名ほどの第1期生を受け入れました。以来、Rancho Cieloは500万ドル以上の予算と50人近いスタッフを持つ非営利団体にまで成長しました。