ロータリーの初代事務総長
記事:Susan Hanf
国際ロータリー・ニュース:2011年6月13日
ロータリーの事務総長は現在で12代目となります。
チェスリー・レイノルズ・ペリー氏は、米西戦争帰還兵で元シカゴ市立図書館職員でした。1910年8月、結成間もない全米ロータリー・クラブ連合会から全会一致で幹事に選出されたペリー氏(役職名が「事務総長」に変更されたのは、退任の直前、1941-42年度のことでした)。この役職は月給100ドルの非常勤職であり、就業時間数は具体的に決めないというのが条件でした。
1912年、この役職は常勤の幹部職となり、理事会がペリー氏の昇給に同意しました。当初、シカゴのラサール通りにあった彼の事務所が、全米ロータリー・クラブ連合会の本部として使われていましたが、1911年、ディアボーン通りとモンロー通りの角にあるファースト・ナショナル・バンク・ビルに本部が移されました。ペリーの在任中、本部はなんと5回引越しをし、そのいずれも賃貸ビルでした。
歴代事務総長の中で最も在任期間の長かったペリー氏は、1911年から1928年まで「ザ・ロータリアン」誌の編集者兼マネージャーも務め、1925年2月には初のロータリー国際事務局をチューリッヒに設立しました。1940年、ペリー氏は退職の意思を表明しましたが、後任者フィリップ C. ラブジョイ氏の研修と引継ぎのため、その後もしばらく事務総長職に留まりました。ペリー氏を1942-43年度RI会長に指名しようという声が多くのクラブから上がりましたが、ペリー氏は「お気持ちはありがたく受け止める」と述べながらも、指名を辞退しました。
退任後も、ペリー氏はシカゴ・ロータリー・クラブに所属し続け、1944-45年度にクラブ会長を務めました。1954年、ロータリーは、氏の長年の貢献を称えて「名誉事務総長」の称号を贈ろうとしましたが、ペリー氏はまたもこれを辞退し、普通のロータリアンとしての役目を果たすことを望みました。
1960年2月21日、87歳でペリー氏は他界しました。
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