エストニアで科学教育の発展に貢献する財団学友
記事:Peter Schmidtke
国際ロータリー・ニュース:2009年1月8日
フィンランド、ヘルシンキ・シティー・ウエスト・ロータリー・クラブのハッリ・サーリネンさん(左)に額縁で飾られた感謝状を渡す元国際親善奨学生のケイトリン・ライエさん(中央)。ヘルシンキ・シティー・ウエスト・ロータリー・クラブは、2009年に実施されたマッチング・グラント・プロジェクトで、エストニアのタリンの高校に科学教材を提供しました。写真提供:Laura Leena Raud
去る10月、40人のエストニアの高校生が、3日間にわたりラトビアとリトアニアの原子力発電所やその他各地で、水、空気、土の検査に当たりました。この検査で使用された器具は、マッチング・グラントの資金で購入されたものです。
「現地で実際に器具を使って検査を行う機会を生徒たちに与えられるということは、すべての科学教師の夢ではないでしょうか」と話すのはケイトリン・ライエさんです。2003-04年度国際親善奨学生であったライエさんは、プロジェクトを提唱したロータリー・クラブとエストニアのタリンにある高校との連絡を取り持ちました。
この高校ではこれまでに、授業や課外活動の科学実習で、24,000米ドル相当の器具を使うことができました。
同校役員会の役員であり、元教頭のライエさんは、補助金申請手続きと、提唱ロータリー・クラブ(エストニアのノーメ・タリン・ロータリー・クラブ、ドイツのマグデブルク・オットー・フォン・ゲーリケ・ロータリー・クラブ、フィンランドのヘルシンキ・シティー・ウエスト・ロータリー・クラブ、マントサラ・ロータリー・クラブ、トゥースラ・ロータリー・クラブ、イリケラバ・ロータリー・クラブ)の間で活動の調整に当たりました。また、ドイツのロータリアンに実験室を案内しました。
通常、奨学生は、留学中にロータリーの奉仕活動を初めて経験しますが、ライエさんは、国際親善奨学金の機会について知った当時、高校の教頭として既にマッチング・グラント活動にかかわっていました。第二言語として英語の学位を持っていたライエさんは、1998年以来、地元のロータリー・クラブと、フィンランド、ドイツ、米国のロータリアンがかかわる補助金の手続きを幾度にもわたり支援していたのです。
「医療機器の寄贈を受けた病院の視察に来ていた米国のロータリアンを案内していたときのことです」と振り返るライエさん。「米国で修士号を取得する夢を持っていることを話すと、そのロータリアンは、私に国際親善奨学金について教えてくれ、勧めてくれました」
それから2年もたたないうちに、当時38歳だったライエさんは、ロータリーの奨学生としてシカゴのロヨラ大学で、文化と教育方針の分野で修士号の取得を目指すこととなりました。また、シカゴ・ロータリー・クラブの支援の下、Midwest Estonian Association(中西部エストニア協会)とかかわるようになり、この団体が国際大会参加に向けて準備するのを手伝いました。この国際大会でライエさんがプレゼンテーションも行いました。
ライエさんは、シカゴのラテンスクールでインターンを務めている間、同校の音楽ディレクターのマイケル・ティオリスさんと知り合いになりました。そして、同校の楽隊・合唱団をタリンに招くことをティオリスさんに持ちかけ、2008年、85名の生徒がエストニアとフィンランドを訪れ、8日間にわたり合同コンサートを開きました。
「ライエさんは、この旅行の計画全面において重要な役割を果たしました」とティオリスさん。「この旅行でタリンの生徒が訪問中の生徒に地元を案内してくれました。中には、いまだに連絡を取り合っている生徒もいます」
貨物郵送協会で2年間、研修カリキュラムの指導を行った後、2009年、ライエさんは、SOS Children’s Villages International(SOS子供の村)という団体の地域担当副責任者に任命されました。
「ロータリーの奨学生としての体験と、ロヨラ大学で学んだ知識と技能をこの職務に生かし、子供たちや家族のために貢献したいと考えています」
この記事は、「リコネクションズ」用に執筆されたものです。