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  ロータリーの歴史を振り返る:今月はグレートブリテンおよびアイルランド内国際ロータリーの創設を祝う月


 
 

ロータリー・クラブ・イギリス協会の初代会長、R. W. ペントランド氏の1915年の写真。写真:Rotary Images

1914年、グレートブリテンとアイルランドのロータリー・クラブがロンドンで会合を開き、ロータリー・クラブ・イギリス協会を結成するという合意に至りました。R. W. ペントランド氏が協会の初代会長に選ばれ、協会の定款も定められました。その翌月にヒューストンで開かれたロータリーの年次大会で、ロータリー・クラブ国際連合会がイギリス協会をロータリーの正式な拡張団体と認め、同時に、イギリスのクラブもロータリー国際連合会に加盟し、会費を支払うことに同意しました。

大会講演の中で、当時のRI会長、ラッセル F. グレイナー氏は次のように述べています。「グレートブリテンとアイルランドにおける現地の状況は、私たちのよく知り得ないところであります。よって、(イギリスの)クラブが連合組織を形成することに、私は大いに賛成します。英国の諸都市のロータリアンを密接に結びつける上で、この連合組織は既に素晴らしい功績を上げています」

異なる国のクラブ間の連絡が大きく制限されていた第一次世界大戦中にあって、イギリス協会は、グレートブリテン、アイルランド、そして欧州大陸の複数のコミュニティーの団結を見事に維持しました。1921年までには、この地域に50以上のクラブが存在するようになっていました。

もうひとつの歴史的な展開は、1922年のロサンゼルス年次大会で起こりました。ロータリー・クラブ国際連合会が「国際ロータリー(RI)」と改名されたと同時に、25クラブ以上を擁する国は代表としてRI理事を選出できる区域単位となる、という原則が定められたのです。この大会でグレートブリテンは、国際ロータリーにおけるこの区域単位としての地位を要請し、こうして、「グレートブリテンおよびアイルランド内の国際ロータリー(RIBI)」として認められたのでした。

それ以後、1927年にこの区域単位の概念が廃止されるまで、この権利を要請したグループも、権利が認められたグループもほかにはありませんでした。しかしその後も、既に形成された区域単位に限ってはその権利、特典、特権が永久的に守られることになり、こうしてRIBIは、RI定款に定められた一定の規則に従うことを条件に、国際ロータリーの独立単位として存在し続けることになったのです。


1 Comments:
At 10:27午前 on 12 5月 2008, Takeshi Matsumiya wrote: 歴史に「もしも」は禁句でしょうが、もし第二次世界大戦が無く、それに伴う日本のRIからの脱会がなければ、「日満ロータリー・クラブ連合会」は相変わらず存続していたのでしょうか?もし同じ大戦でRIBI所属国が枢軸国であったらやはりRIを脱会していて、復帰した後はその独立性を失われていたのでしょうか?現在RIBIにそれ故のロータリーにおける利点があるとしたらどのようなことがあるのでしょうか?そのような利点がもしイギリス、アイルランドだけに固有の利点で無くどの国にもある意味普遍的なことであるのなら、それはどのロータリー国にあっても適用されるべきことなのではないか、そんなことを思うのです。単に「特権の保有」であるなら、共通のルールに服するべきものではないかと思います。

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