| 1912年 |
カナダ、マニトバ州のウィニペグ・ロータリー・クラブが、結成から2年後の4月13日、米国外のクラブとして初めて正式にロータリーに加盟。ヨーロッパで最初にロータリーに加盟したのはロンドン・ロータリー・クラブです。ロータリーはこうした新しい会員構成を反映して、名称を「ロータリー・クラブ国際連合会」と改めました。 |
写真提供:ウィニペグ・ロータリー・クラブ |
| 1914年 |
グレートブリテンとアイルランドのロータリー・クラブが、ロータリー・クラブ・イギリス協会を結成。初代会長に就任したのは、R.W. ペントランドです。1,128人の会員を擁するこのイギリス協会は、国際大会で正式な拡張団体として認められました。 |
|
| 1916年 |
キューバのハバナ・ロータリー・クラブが非英語圏の国で初めてのロータリー・クラブに。4月29日に結成された会員22名のクラブは、1917年に交通法の制定を支援するなど、都市計画に貢献しました。 |
|
| 1917年 |
アーチ C. クランフRI会長が、「世界でよいことをするため」に基金の設置を提案。この基金に寄せられた最初の寄付金は、米国ミズーリ州カンザスシティ・ロータリー・クラブからの26米ドル50セントでした。基金が発展して後に設立に至ったのが、国際ロータリーを支える非営利慈善団体、ロータリー財団です。 |
| 1918年 |
米国のロータリアン、アンシル・ブラウンがパリでフランス・ロータリー・クラブ連合会を発足。8月23日、戦争でパリに駐在していた米国のロータリアンを招いて、ホテル・コンチネンタルで開いた会合が最初のクラブ例会となり、ブラウンは初代クラブ会長を務めました。 ウルグアイ、モンテビデオのモンテビデオ・ロータリー・クラブが南半球で初のロータリー・クラブとなりました。 |
|
| 1919年 |
3月に第1回国際協議会がシカゴで開催されました。6月1日には、フィリピンのマニラ・ロータリー・クラブがアジアで初めてロータリーに加盟。7月17日、上海ロータリー・クラブは中国で第1号のクラブとなりました。 |
| 1921年 |
1月、英国ヨークのロータリー・クラブが、1,000番目の加盟クラブに。オーストラリアで最初にロータリーに加盟したのは、ビクトリアのメルボルン・ロータリー・クラブとニューサウスウェールズのシドニー・ロータリー・クラブです。南アフリカのヨハネスブルク・ロータリー・クラブはアフリカで最初のロータリー・クラブとなりました。 |
| 1922年 |
「国際ロータリー」がロータリーの正式名称に。この名称は、国際大会で採択された新しい定款と細則の一部として承認されたものです。 |
|
| 1924年 |
理事会が、1918年に採択された車輪に替わり、新しく現代的なロータリーの徽章を採択。採択された徽章はより写実的な車輪で楔穴が付いています。 |
|
| 1928年 |
カナダのロータリアン、ジェームス W. デイビッドソンが、アジアと中東でクラブを結成するため、航海に出発。3年にわたる船旅で、西はトルコから東はタイまで、12カ国に23のクラブを結成しました。 |
|
| 1929年 |
ロータリー財団が、初めての補助金として500米ドルを「国際障害児協会(National Society for Crippled Children)」へ授与しました。同協会は、米国オハイオ州、イリリア・ロータリー・クラブ会員のエドガー F. アレンが1921年に創設したもので、後の「イースター・シールズ(Easter Seals)」として知られる組織です。ポール・ハリスは同組織の理事長を務めました。 |